§ 日本で西洋絵画500年を堪能する
海外への渡航が自由に出来ない日々が続いています。
そんな私達に最高のギフトがニューヨークから届きました。
それは2021年から2022年にかけて大阪と東京で開催される、
「メトロポリタン美術館展 -西洋絵画の500年-」です!
メトロポリタン美術館とは?
アメリカのNYセントラルパークに佇む、
世界でも有数の広さと作品コレクション数を誇る美術館です。
(ゴシック様式のレンガ造り建物は映画やドラマのロケ地としても有名ですね。)
その広大な美術館の西洋絵画展示室が照明工事をしている為、
晴れて日本初公開の46作品も含め。65作品が来日することができたそうです。
(もちろんMET関係者の太っ腹な心意気があってこそ!)
✴︎ I 章 ✴︎
§ お気に入りの絵画と出会う
今回の展覧会では、
15世紀から19世紀まで約500年に渡るヨーロッパ絵画が、
時代と美術の流れを踏まえて3章に分けて展示されていました。
▼ 3章を簡単に分けると ▼
- 15,16世紀
信仰の絵画から人間的な自由度の高まり(ルネサンス) - 17,18世紀
君主の元で生まれた華やかな絵画と女性画家の頭角 - 19世紀
風景や人、暮らしから生まれる人々の為の絵画
といった感じですが、美術史の知識はなくても観るだけで圧巻です!
時代を超えて画家の魂を感じる名作ばかりが揃っているので、
お気に入りの作品と出会えると思います。
▼ 私の1番の感動作は ▼
「羊飼いの礼拝」エル・グレコ 1605-10年頃
スペイン出身のエル・グレコは、厚みと動きのある筆跡と細長い人体の描き方が特徴です。
これまで何作か観た事はあるのですが、
展示室に入った途端この作品が放つ光の輝きの虜になりました。
イエス・キリストが誕生する崇高な瞬間を全身で感じることができる作品です。
絵の中の光、歓喜が実際に目の前で起こっているように見えます。
今回の展覧会(大阪)会期がクリスマスシーズンということもあって、
「Christ=キリストの」「mass=祝祭」
キリストの生誕を祝うこの絵が中心に展示されているのは必然のようです。
観ているだけで幸せな気持ちになる、美しい作品です。
✴︎ Ⅱ 章 ✴︎
§ 本場と同じ展示に感動する
美術館では関連性のある作品を並列する「におわせ」展示があります。
今回の展覧会ではメトロポリタン美術館と同じ並びの作品展示もありました。
(左)「音楽家たち」カラヴァッジョ1597年
(右)「ギターを弾く女性」シモン・ヴーエ 1618年頃
明暗がはっきりしているカラヴァッジョの作風。
そんな大先輩に影響を受けて、画中に美しいスポットライトを照らすシモン・ヴーエ。
ダイナミックな表現のバロックの画家達の作品を、
本場METと同じ展示方法で堪能する事ができました。
(左)「音楽家たち」は音楽を象徴する存在達の共演による寓意画ですが、
青年達が戯れているような隠微な雰囲気も漂わせています。
(右から2人目はカラヴァッジョの自画像だそう。)
(右)「ギターを弾く女性」は実在する女性の肖像画の様に思えますが、
モデルや真相は明らかではないそうです。
この音楽にまつわる2つの絵画が並ぶと、
絵の中の人物の視線が行き交っているように見えます。
絵の枠を超えて展示会場で、男女が音楽を通して会話をしているようですね。
METの展示方法の成せる技かもしれません。
§ 歴史に埋もれぬ名作を発見する
有名な画家の作品が目白押しの「メトロポリタン美術館」展ですが、
20世紀になって再注目された面白い画家の作品と出会えました。
「女占い師」ジョルジュ・ラ・トゥール 1630年代頃
大阪展の図録の表紙にもなっている作品です。
描かれている人達の視線の不可思議さに、
多くの人が絵の前で足を止めていました。
ネタバレすると…
占いを受ける男性の所持品を周りの女性が盗んでいる瞬間なのです。
ただ衣服の鮮やかさ繊細な織物や飾りの描き込みの美しさからは、
一見強盗の瞬間だとは思えず、鑑賞者をも試す作品となっています。
「女占い師」の題材は巨匠カラヴァッジョも描いています。
しかしこの作品は、ラトゥール自身が世界観を確立した面白みがあります。
§ 見逃せないオランダ巨匠の大作
METの注目ポイントは作品の修復にまで及びます。
ニスが上から塗られた油絵は、ニスが古くなると色が黄ばみ絵画自体の色味も濁ります。
来日した作品はすごく鮮明に修復されていて、
時代と共に色褪せる文化財に慣れている日本人には驚きがあるかもしれません。
特に自然光の柔らかい光を絵画に取り入れた、
オランダ人画家の作品には修復技術は顕著に表れています。
「フローラ」レンブラント・ファン・レイン 1654年
この作品は修復によって、
よりレンブラントの筆跡や塗りの厚みが分かりやすくなっていました。
「フローラ」はギリシャ神話の女神ですが、
この絵は生身の女性の様にを柔らかく表現されています。
実際に近くで観てみると、ブラウスのボリュームに驚きます。
目の前に実際にドレープがあるようで触りたくなります。
経年劣化していく方が作品の良さが残る場合もあるので、
この作品は修復が成功したと言えますね。
▼MET公式Youtubeで修復の現場も公開中▼
✴︎
そして、今回の展覧会で知人からおすすめされた作品があります。
多くの人が来日を楽しみにしていたのではないでしょうか?
「信仰の寓意」ヨハネス・フェルメール 1670年-72年頃
フェルメールの作品と言えば、
かすかな光が差し込む静かな部屋に居る女性の情景が思い浮かびます。
ただ今回来日したのは風俗画ではなく、珍しい寓意画(象徴に意味をもたす)です。
フェルメールブルーや細やかなモチーフの描き込みは風俗画に通じますが、
修復により色彩がはっきりされてバロック期の画風が影響しているのが分かります。
そしてフェルメールの作品の中でもかなり大きいサイズなので、
描かれたモチーフをしっかり見る事ができます。
(青い服の女性、地球儀、りんご、石に潰された蛇、吊るされた水晶など)
会場の説明を読みながら、モチーフの意味を解いていく事をおすすめします。
プロテスタント信仰を主とした当時のオランダで
カトリックに改宗したフェルメールの意志が伝わってくるかもしれません。
§ 女性画家の活躍
王室画家や宗教・神話に基づく華やかな絵画の流れにも変化が起こります。
それは皆が知るマリー・アントワネットなど、
フランスの宮廷女性の力の強まりも関係しています。
ダイナミックなバロック様式から女性的で繊細なロココ様式への移り変わりです。
そして様式だけではなく、女性画家も活躍していた様です。
「マリー・ジョゼフィーヌ・シャルロット・デュ・ヴァル・ドーニュ」
マリー・ドニーズ・ヴィレール 1868年没
女性画家が表現する、
王族でも貴族でもない女性の肖像画です。
奇抜ながら美しすぎる逆光の肖像画にハッとさせられました。
輝くスポットライトではない逆光の室内。
普段着で絵を描く為に猫背になる女性。
この絵は各所に女性画家の視点による細やかな美しさが溢れています。
そして意味深な割れた窓ガラスの後ろの男女の姿。
この絵にどの様な意味を持たせたのか?
肖像画の視線から時代を超えて、
画家が私達に問いを投げかけているような魅力的な作品です。
✴︎ Ⅲ 章 ✴︎
§ 絵画で描かれる真実
19世紀以降の西洋絵画の展示は、
より人物や風景といった日常を描く画家の作品が注目され、
私達の身近に感じる対象の作品を鑑賞することができました。
美術館の粋な計らいを感じる展示も面白かったです。
(左)「水浴する若い女性」ギュスターヴ・クールベ 1866年
(右)「ピュグマリオンとガラテア」ジャン=レオン・ジェローム 1890年頃
クールベは日常の風景や人々や、出来事を
そのまま写実的に描くことで知られる画家です。
(左)「水浴する若い女性」も女性が水浴する様が木々の揺らめきと共に、
脂肪のセルライトまで美化することなく現実的に描かれています。
対照的に横に展示されるのが
(右)「ピュグマリオンとガラテア」です。
ムラのない古典的な宗教画の様ですが一味違うのが、
「生身の女性に失望したピュグマリオンが
理想の女性ガラテアの彫刻を彫り、
思いを募らせる様を見てヴィーナスが人間化させた。」
という驚きのギリシャ神話を題材に描かれています。
ですので、女性の肌は現実よりも彫刻の如く美しく滑らかです。
彫刻家でもあるジェロームだからこそ、
ガラテアの真実の愛を美しく描くことができたのかもしれません。
✴︎
1880年代に写真が初めされてから、
絵画の必要性が必然的に画家に問われる時代となります。
現実的な女性、理想的な女性を描くこと。
それはどちらも写真とは違う画家にしか描けない真実と言えます。
§ アートを横から見るか上から見るか
現代アートは「意味が分からない」という声を聞いたことがあります。
私の主観ですが、
アートはアーティストが今を生きる上で表現しづらい物事を
私達に見える形にしてくれるものだと思います。
「信仰を持たなくても生きられる人がいる。
電気の利用で一日中明るく対称が見える。
事細かな事を瞬時に相手に伝えれられる。
家にいながら美しい景色を見られる。」
豊かと思われる現代社会で、私達が表現しづらい事って何でしょうか?
その答えがポール・セザンヌの作品に表れているのかもしれません。
「リンゴと洋ナシのある静物」ポール・セザンヌ 1891-92年頃
もしかしてこの絵は、普段目にするリンゴと洋ナシの形とは違うかもしれません。
ただ何とも言えない存在感があります。
この絵は物体を様々な角度から見て描かれたそうです。
視覚で瞬時に捉えられた物事は、果たして真実なのか。
「円筒、球、円錐」などどの様な構成でできているかまで捉えられているのか。
「現代社会で表現しづらいこと=物事とじっくり向き合うこと」
を考えるきっかけとなる作品です。
✴︎
ここまでの作品の画像はMETのホームページが公開している、
全ての人が自由に利用できるパブリックドメイン(著作権フリー)の画像です。
膨大なコレクションの管理だけでも大変なのに、
その画像を多くの人に提供する姿勢に脱帽です。
展覧会へ行けない方もぜひMETのホームページにアクセスしてみて下さい!
§ 絵画の前で目を閉じよ
この展覧会は全ての作品が見逃せないですが、
最後に必ず観てほしい作品があります。
「睡蓮」クロード・モネ 1916-19年
※パブリックドメインの画像がない為、会場かMETのホームページで見て下さい※
モネといえば「睡蓮」。
睡蓮のある池の光景を30年間探求し描き続けたことは有名です。
私も何作か観たことはありますが、
今回の展覧会の「睡蓮」は趣が違いました。
一見は花が描かれている抽象画の様です。
しかし観れば見るほど睡蓮の池に引き込まれるのです。
晩年に白内障を患ったモネが睡蓮の池の水面に焦点を当て、
長年見つめ続けた光景と目の前ある真実を
ヴィジョンとしてキャンバスに投影した様です。
ここから抽象画が始まる、新しい扉が開かれる瞬間です。
鮮明に見えているものや全て整った情報ばかりが真実ではない。
私達、見る側の想像力が試される名作です。
✴︎ おみやげ話 ✴︎
「メトロポリタン美術館展 -西洋絵画の500年-」。
海外へ行きづらい時だからこそ、出会えた素晴らしい展覧会でした。
その展覧会の背景では美術館の様々な試みがされています。
例えば大阪市立美術館の入り口では解説ロボットが滞在していました。
(別の有料音声ガイドは佐々木蔵之介さんの声だそうです。)
また、展示の中間で上映されている
METの館長やキュレーターの方々の解説映像は必見です!
(海外の美術館は各時代や分野でキュレーターの方が居て贅沢)
カルロ・クリヴェッリ「聖母子」の珍しい紙のファイル
ピーテル・クラース「髑髏と羽根ペンのある静物」のノート
因みに展覧会グッズは大人気でお会計は行列ができていました。
展覧会オリジナル以外にも本場METのミュージアムグッズも販売されていました◎
大阪会場となる大阪市立美術館は、
建物や内装も和洋が混ざる近代建築でとても美しいです。
ステンドグラス前の2階の休憩所でゆっくりするのがおすすめです。
『メトロポリタン美術館展 -西洋絵画の500年-』 | |
場所 | 大阪会場 大阪市立美術館 東京会場 国立新美術館 |
期間 | 大阪 2021年11月13日(土)〜2022年1月1日(日) 東京 2022年2月9日(水)〜5月30日(月) |
大阪会場は事前予約制か当日券 (休日は予約がおすすめです) | |
※開催内容は変更する場合がございます。 詳細は公式HPか施設へご確認をお願いします。 ※展示室内は撮影不可でした。 |
感染症対策をしながらも貴重な場を運営し続けて下さる方々に、感謝いたします🙏
参考資料:●『メトロポリタン美術館展 -西洋絵画の500年-』日本経済新聞社 2021
●https://www.metmuseum.org/