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§ グランド・ツアーという旅
イギリスの「ロンドン・ナショナル・ギャラリー」ならではの、歴史を踏まえたコレクションがあります。
18世紀のイギリスのお金持ちの御子息は勉学の仕上げに、イタリアなどで見聞を広める「グランド・ツアー」なる旅をしていたそうです。
行き先はローマやヴェネチアなどで、1年以上帰ってこなかったそうです。
今で言う卒業旅行の豪華版ですね。羨ましい限りです。
そして旅行者は、訪れた場所の景観図をお土産に買って帰るのが流行っていたそうです。
カナレット「ヴェネツィア:大運河のレガッタ」1735年頃
お土産といってもこのカナレットが描いた作品はかなり大きいです。
ヴェネチアの運河でのレガッタ(ボート)・レースの光景が密に描かれ、凝視すると奥にある橋まで描かれていることが分かります。
遠近法の見本のようですね。
細かく人物が描かれ、絵本『ウォーリーを探せ』状態です。
見れば見るほど楽しくなります。
現代では旅先で簡単に写真を撮影しますが、
当時は絵を買って祖国に帰ることは誇らしかったと思います。
そしてそのおかげで、イギリスに他国の美術品が集まったようです。
カナレット「イートン・カレッジ」1754年頃
なんと、カナレットはヴェネチアからイギリスに9年滞在して画業を続けたそうです。
ヴェネチアの風景からイギリスの風景を見ると田舎に感じるのですが、
イートン・カレッジ(教会のような建物)の前の河での様子を描く辺りなど、ヴェネチアでの作品と通ずるものがあります。
現代と変わらず、人々は色々な国へ移動して文化交流していたことが分かる、「グランド・ツアー コレクション」です。
そして、旅に出られない時は持ち帰った美術品を見て想像する。
現代のインターネットやSNS、動画での海外情報収集の原点かもしれません。
§ 額まで風合いのあるスペイン絵画
この展覧会では新型コロナウィルス感染予防の為、美術館でのトークイベントが開催でされませんでした。
その代わり、監修した学芸員さんがYoutubeでみどころを紹介して下さっていました。
「スペイン絵画では額にも注目してほしい。」
その言葉が印象的だったので、会場では作品以上に額にも注目していました。
西洋絵画というと飾りのある金の額装が思い浮かぶのですが、
実は作品が描かれた当時の額で展示されることは少ないそうです。
その中で、この展覧会のスペイン絵画は描かれた当時の額装との事。
まさしく時空を超えて鑑賞している気分を味わえるのではないでしょうか。
ディエゴ・ベラスケス『マルタとマリアの家のキリスト』1618年頃
こちらはスペインの有名な画家ベラスケスが描いた、
「台所で叱られている場面と思いきや…奥にはキリストの教えがあった。」
というメッセージのある教本のような作品です。
本物と見間違うほど正確に描かれた卵や魚は光沢があってすごく明るく、
逆に壁や影が暗くコントラスト(対比)があります。
そして展覧会では金に黒の柄がある額に入っていたのですが、
それが絵のコントラストと合っていてより引き締まって見えました。
残念ながらパブリックドメイン(著作権フリー)の画像に額はありませんが…
額装によって緊張感も増すのかもしれません。
バルトロメ・エステバン・ムリーリョ
『窓枠に身を乗り出した農民の少年』1675-80年頃
農家の少年の何気ない様子が捉えられた、
スペインのムリーリョが描いたこの少年の絵。
この絵の額は金色でしたが経年変化が起こり、
木のような元素材の風合いが表れ、絵の雰囲気と合う素朴さがありました。
因みにこれまで展示されていたどの作品よりも庶民的です。
人々の日常を描く風俗画を市民の為にあるイギリスの国立美術館が、好んでコレクションしていた軌跡とも言えます。
そして額に注目して絵画は見るの初めてでしたが、新たな発見がありました。
ぜひミュージアムで、額の素材や修復などの解説も特集してほしいです。
§ 映えだけでない風景画ピクチャレスク
理想と現実の狭間を行き来する画家。
作り込まれた世界を描く良さもあれば、ありのままを描く良さもある。
そんな狭間を昇華したのが、
理想的な風景画、絵のような絵画と表される風景画の価値観「ピクチャレスク」です。
現代で言う「映え」のようなことでしょうか?
クロード・ロラン『海港』1644年
美しい夕日を見に行こうとしたことがある方には朗報です。
「曇っていて見られなかった…。」
そんな経験とは無縁の理想的な夕日がこの絵には描かれています。
ただ、「映え」と違うのは美しいだけではないのです。
そこに涙が出るほどの神々しさがあるのです。
イタリアの画家ロランが描いた、
この海景は架空の景色のようです。
人々が太陽に照らされる時、
その恩恵を受ける神々しさが絵を見ているだけで伝わります。
そして刹那的な感情が湧き出るのは、
古い建物、過ぎゆく時計の時間、夕日という1日の終わり告げるサイン。
全ては創造して維持し、滅びていく。
そんな普遍の原理が現れているからかもしれません。
月日がどれだけ流れても、太陽への感謝は変わらない普遍。
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
『ポリュフェモスを嘲る(あざける)オデュッセウス』1829年
海景画のロランを師と仰ぐ、ターナーはイギリスの風景画を代表する作家です。
学生時代に美術の時間に購入した絵の具メーカーは、ターナーという方もいるのではないでしょうか。(絵の具の製造会社の社長がターナーのファンで名付けたそう。)
ターナーの作品は対象が鮮明ではない、
ぼんやりした印象に捉えられがちですが、
今回のこの作品を見た瞬間に度肝を抜かれました。
眩しすぎる、世界から注がれるエネルギーを感じました。
実は風景だけではなく、古代ギリシアの叙事詩が題材にされています。
巨人ポリュフェモスに一杯食わせて、
英雄オデュッセウスが脱出する場面が描かれているのです。
そして太陽神アポロの火の馬車や水の妖精が描かれていたりと…
崇高なモチーフが盛り沢山なのですが、
それらを全て自然のエネルギーとして描いているので、対象が鮮明ではないのだと気付かされました。
これこそ実物を見ないと感じえない世界観でした。
進化する風景画を体感することができるコレクションです。
§ まばゆい絵画たちに囲まれるフィナーレ
1700年代から長いようであっという間の旅を体験させてくれた、
『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』。
最後の展示になる近代美術(19世紀以降)は、
意外にも20世紀になってから収集しだしたそうです。
しかし、近代美術のオールスターが揃っています。
- ルノワールの『劇場にて(初めてのおでかけ)』
- ドガの『バレエの踊り子』
- モネの『睡蓮の池』
- ゴーガンの『花瓶の花』
- セザンヌの『プロヴァンスの丘』
- ゴッホの『ひまわり』etc…
息つく間もないフィナーレの波が押し寄せてくる展示でした。
クロード・モネ『睡蓮の池』1899年
モネが描いだ睡蓮の連作は、日本でも海外でも見たことがありますが、
この『睡蓮の池』は今まで見た中で一番明るく感じました。
夏の光景だからかもしれません。
近づいて見ても、細かな斑点で創り上げられた筆跡や重ねられた色が鮮明に分かります。
§ 前 編 でも取り上げましたが、もしかしたら「ロンドン・ナショナル・ギャラリー」の油彩の修復方法の影響もあるのでしょうか。
見ていると清々しい、明るい気持ちにさせられる『睡蓮の池』でした。
ポール・セザンヌ『ロザリオを持つ老女』1895-96年頃
フランスの画家セザンヌのこの絵には、本当に心を打たれました。
物質とエネルギーの関係を表現した作品のように見えたのです。
老女の容姿は鮮明ではないのに、
彼女がロザリオ(カトリックの数珠状の道具)を握りしめる強さ。
そこに込められる信仰心や祈りが、
エネルギーとなって伝わってくるのです。
印象派やポスト印象派など、
その時代の芸術・文化運動や描き方・思想などによって画家は色々な流派に分けられます。
ただ、後の世で見るもの(私)にとっては、
感動を生み出す画家・作品の表現方法が、
鮮明に物質や教えを描く技巧と忠誠心から、
生命体のエネルギーを表現する思索と放出へと
変わっていたように感じました。
§ 朽ちることのない魂
フィンセント・ファン・ゴッホ『ひまわり』1888年
言わずと知れたゴッホの『ひまわり』。
この花を描いた作品は7作あるそうです。
この『ひまわり』は友人の画家ゴーガンと、
フランスのアルルで共同生活をする際の家に飾る為に描かれたそうです。
壁も花瓶も全て黄色い輝きに溢れているのは、
アルルの日差しと新生活へのゴッホの希望の光が現れているからかもしれません。
「ひまわり」が意味するのは「忠誠」。
ゴーガンへの友情にぴったりな絵なのですが、
その熱い忠誠心と厚く塗られた絵の具から、凄まじいエネルギーを放つ絵となっています。
ひまわりは枯れて、
画家がこの世界からいなくなっても、
生き続ける魂の『ひまわり』です。
美術館で海外や過去の作品と出会うことは、
会うことができないアーティストたちと出会うことでもあります。
たとえ彼らと話すことはできなくても、
魂に触れることはできるのです。
自由に人と交流することができなくても、
人は生命を咲かし続けることができる。
それを証明してくれる素晴らしい展覧会でした。
この場をお借りしてウィルス対策を徹底しながら、
貴重な作品を鑑賞する場を設けてくださった関係者の方々に感謝いたします。
参考:●森絵画修復工房 https://shuufuku.com/column/mori-column/vol6/
●『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展ミニカタログ』読売新聞東京本社
おまけ - お土産ばなし
日本のミュージアムの運営資金は、
補助金とチケット代とお土産の売上げによるものがほとんどだそうです。
今回のような大規模企画展では大企業がスポンサーにつくのですが、
それ以外は中々厳しい運営をされていると聞いたことがあります。
その為、ミュージアムと展覧会の存続を願って
お土産を購入するようになりました。
シェニール織
ゴッホ『ひまわり』モチーフのタオル
今回も素晴らしいお土産と出会えました。
ドイツのブランド「フェイラー」などが有名な
スコットランドで生まれたシェニール織という
一度織った生地を裁断してモール状の糸にして
再度織る方法で作られたタオルです。
柔らかな風合いで、
両面パイルなので裏面も美しいひまわりが咲いています。
ミュージアムでは
自分ならではの究極の逸品を見つけて、
日常にアートを持ち帰るのも楽しみの一つです。
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『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』
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